過労死とは
「過労死」には、厳密な法律上または医学上の定義があるわけではありません。一般に、過重な業務によって、くも膜下出血や脳梗塞、心筋梗塞などを発症して(多くの場合突然に)従業員が死亡することを指すものとして使われております、
このような過労死も、それが「業務上」のものであるならば、労働災害として企業に労災補償義務が生じ、労災保険給付の対象となります。また、労災保険とは別に、企業に安全配慮義務違反などが認められれば、従業員の遺族から企業に対し債務不履行を理由とする損害賠償請求がなされることもありえます。この場合、労働基準法84条によって、損害賠償の額は労災保険給付との間で調整がなされます。
「過労死等防止対策白書」(2017年版)によると、2016年度に脳出血や精神疾患などを発症し、過労死・過労自殺した人は191人で、近年は200人前後で推移しています。 バスやトラックの運転手に過労死が多く、2010年1月から15年3月までに労災認定された約1500人のうち、最も多い業種は「運輸業・郵便業」(464人)で、2番目に多い「卸売業・小売業」(229人)の2倍以上でした。 |
(1)行政の判断基準
従業員の死亡が労働災害として労災保険給付の対象となるか否かについては、労働基準法施行規則(労基則)の別表第1の2に列挙された疾病等に該当するか否かが重要な意味をもちます。過労死については、多くの場合、別表第1の2の8号「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病」に当たるか否かがポイントとなります。
(2)裁判所の判断基準
労災保険給付の不支給決定処分がなされ、当該処分の適法性をめぐり訴訟で争われた場合、裁判所が、死亡が「業務上」のものといえるか(業務起因性が認められるか否か)を判断することになります。裁判所の判断枠組みは、大筋では行政通達の基準と同様のものであるといえますが、必ずしも行政の基準に拘束されるわけではありません。
過労死の事案の特徴として、従業員の側に、高血圧、動脈硬化、動脈瘤といった「基礎疾患」と呼ばれる症状があることが多いという点があります。このため、たとえ遺族の側が心筋梗塞などによる死亡を過労死と主張したとしても、業務(過労)に起因して発症し死亡したのか、それとも基礎疾患に起因して発症し死亡したのか、行政側や企業側との食い違いが生じ、問題となることが多いといえます。
この点、行政の判断基準は、基本的に、基礎疾患(「基礎的病態」)が、「業務による明らかな過重負荷」により「その自然的経過を超えて著しく増悪した」場合、業務上の疾病(労災保険給付の対象)として扱うとしています。つまり、基礎疾患が仕事のために加齢等の自然の経過を超えて激しく悪化した場合、労災と認めるということになります。
具体的な基準としては、 (1)発症直前から前日までの間に、発症状態を時間的・場所的に明確にできる異常な出来事に遭遇した場合、 (2)発症前のおおむね1週間に、特に過重な業務に従事した場合、 (3)発症前のおおむね6カ月間にわたって、激しい疲労の蓄積を伴う特に過重な業務が認められる場合(例えば、時間外労働が、発症前1カ月間におおむね100時間を超える場合、または発症前2ないし6カ月間に1カ月当たりおおむね80時間を超える場合)のいずれかに該当すれば、業務上の疾病として扱うとしています。なお、業務の過重性については、労働時間の長さ、勤務の不規則性、出張の多さ、作業環境、緊張の程度などを考慮して総合的に判断することとしています。
職員死亡「過労が原因」施設側に7千万賠償命令 2015年08月10日 20時44分 和歌山県広川町の介護老人福祉施設の男性職員(当時49歳)がくも膜下出血で死亡したのは過労が原因として、遺族が、施設を運営する社会福祉法人などに約8300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が10日、和歌山地裁であった。 山下隼人裁判官は、男性が死亡直前の4か月間に月約90~150時間の長時間労働をしていたと指摘し、施設側に約7000万円の支払いを命じた。 判決によると、男性は2003年から、「WH会」が運営する施設「H」に経理担当者として勤務。同僚職員の退職に伴って09年9月頃から業務量が増加し、10年10月に死亡した。遺族は12年3月に提訴していた。 判決で山下裁判官は、厚生労働省の基準に照らして「著しい疲労の蓄積をもたらす過重な業務に就いていた」と言及し、「施設側は、男性の業務内容や業務量を適切に調整する措置を採らなかった」と述べた。 また、男性が働き続けていた場合、時間外労働が継続した可能性が高いとして、月45時間分の時間外手当(月額約9万5000円)も逸失利益として賠償額を算定した。遺族側代理人の弁護士によると、こうした判断は異例という。 2015年08月10日 20時44分 Copyright © The Yomiuri Shimbun |
過労死の事案においても、企業に安全配慮義務違反あるいは注意義務違反がある場合には、企業は損害賠償責任を負います。そこでは、過重な業務と死亡との間に「相当因果関係」が認められるか否か、そして企業に安全配慮義務あるいは不法行為法上の注意義務)違反が認められるか否かが問題になります。
裁判では、行政通達(「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」)の基準を超える過重な業務(長時間労働など)が認められる場合、企業側で、過労死が基礎疾患を主原因とするものであるといった特段の事情を立証できなければ、業務と死亡の相当因果関係が認められるのが一般的です。
裁判所は、法的に行政の通達に直接拘束されるわけではありませんが、過労死における損害賠償の問題については、事実上、行政による労災認定(業務上認定)に近い手法で判断される傾向があります。
過労死裁判: 31歳女性会社員急死 福岡高裁で和解成立 毎日新聞 2013年07月04日 福岡市の女性会社員(当時31歳)が2007年、致死性不整脈で急死したのは「過労が原因」として、大分市に住む両親が勤務先のシステム開発会社=東京都=に約8200万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審は4日、福岡高裁(犬飼真二裁判長)で和解が成立した。両親の弁護人によると、過重業務で急死した責任を会社が認め、社員の健康管理体制の充実など再発防止策をとる内容という。和解金額は非公表。 1審・福岡地裁判決(12年10月)は「女性の業務量は心臓疾患の発症をもたらすほど過重だった」と業務と死亡との因果関係を認め、約6800万円の支払いを命じた。会社側が控訴していた。 女性は同社の前身のシステム開発会社の福岡事業所でシステムエンジニアとして勤務。07年3月に自殺未遂を図り、翌月に職場復帰したが、出張中に都内のホテルで病死した。 |